NPO法人 だっことおんぶの研究所

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ベビーウェアリング

ベビーウェアリング

ベビーウェアリング(babywearing)という言葉は2000年代から使われるようになりましたが、その概念や意味ははっきりしていません。(2020年1月現在)
狭義の意味と広義の意味があります。日本はもともとが赤ちゃんを抱っこやおんぶで育てる慣習があったことから、狭義の意味の方がしっくりするかもしれません。
だっことおんぶの研究所は狭義には、以下のように定義しています。

  1. 養育者と子の体がある程度密着している
  2. 抱く・おぶうために腕(身体)以外の道具を使用している
  3. ”wear”の単語に象徴されるように「持つ」「ぶらさげる」のではなく、子をまとっている

ベビーウェアリング(babywearing)の直訳は「赤ちゃんを身に纏うこと」です。baby carringは「運搬する」という行為であり、babywearingは「身に纏っている(から一緒に移動も可能)」行為であると言えます。

 

海外ではベビーウェアリングをどのように考えられているか

欧米ではもともと赤ちゃんを抱っこやおんぶを(中心にして)育てるという慣習がないため、赤ちゃんを抱っこやおんぶで運ぶということが新しい考え方として受け入れられつつあるようです。
一例として、2019年に発表された論文「Culture, carrying, and communication: Beliefs and behavior associated with babywearing」(Infant Behavior and Development 57 (2019) 101320)に書かれているBabywearingの項目を要約します。

人類には、乳児を物理的に身体のそばで保持するための道具使用の歴史があります(Wall‐Scheffler, Geiger, & Steudel‐Numbers, 2007)。(中略)ヒト以外の霊長類の新生児は、母親にしがみつき、ほぼ一定の身体的接触を保つことができます。しかし、ヒトにおける体毛や足の解剖学的構造、直立姿勢、および出生後の成熟の変化は、すべて乳児の握力の喪失と関連しています。このため、成人は乳幼児を抱っこするというエネルギーの負担増を強いられていました。腕だけで赤ちんを運ぶことは、養育における負担のなかで母乳育児の次にエネルギーを必要とする行為です(Altmann&Samuels, 1992)。腕だけで運ぶと、推定500キロカロリー/日の増加につながります(Gettler, 2010; Leonard & Robertson, 1992 ; Wall-Scheffler & Myers, 2008)。初期のヒト科は、直立二足歩行で乳児を素手の抱っこで長距離運搬する高いエネルギーコスト(Wall‐Scheffler et al., 2007)を補うために、身体から離れないような接触法(例えば布スリング)を開発した可能性があります。スリングのような道具を使うことで、腕のだけで運ぶよりも効率的で負担が少なくなり、大人はより長く、より速く移動できるようになります。

世界中の多くの非欧米文化社会(e.g., Mali, Dettwyler, 1988)では、乳児の移動手段は依然としてベビーウェアリングです。このような地域は近位ケア文化(proximal care cultures)と呼ばれています。近位ケアを実践する多くの文化では、母親の反応性や母親と乳児の親密さ、および乳児の苦痛の最小化(例えば、Keller et al.,2009 ; Lamm & Keller, 2007)の重要性を強調する育児信条も支持しています。

米国や欧米の工業化された文化圏は遠位ケア文化と言われています。これは対面で対応し、物的刺激をもってしてあやすというようなことです。その文化では、赤ちゃんはほとんどの時間をベビーベッドやベビーカー、チャイルドシート、ベビーサークル、バウンサー、ブランコなどの養育者と身体的接触を制限する器具の中で過ごします(Maudlin,Sandlin, & Thaller, 2012)。米国では入れ物のような道具に代わるものとしてベビーウェアリングが人気を集めていますが、米国の母親の間でこの習慣に関連する母親の行動や信念についてはほとんど研究されていません。

Culture, carrying, and communication: Beliefs and behavior associated with babywearing-Infant Behavior and Development 57 (2019) 101320

この説明からすると、欧米ではベビーカーやチャイルドシート、ベビーベッドなどに赤ちゃんを乗せておく(置いておく)以外の、身体にくっつけていることをBabywearingと考えているようです。そこには密着しているとか道具を使用しているという要件は含まれないと考えられます。

 

日本では抱っこやおんぶをどのように考えられてきたか

日本では抱っこして育てる文化はあまり歴史がなく、せいぜい1980年代の後半から抱っこひもが売れるようになり、抱っこで外出する親御さんが増えました。「日本のおんぶは単純に乳幼児を運搬する という目的だけでなく、あやしや養育の意味合いもあわせ た行為であったと指摘している(福田 2011)」のですが、子どもを慰めるときに抱っこしたりおんぶするという行為が2020年の現代でも続いているように、日本では抱っこやおんぶ(babywearing)が運搬以外の意味を持っていたと考えられます。

近年、欧米ではOnbuhimoの人気が高まっています。そこには日本人がかつて「おんぶ」に込めた意味合いはなく、単純に道具の呼び名として認識されているようです。Onbuhimoは1970年代には輸出されており、手軽なベビーキャリアとして認識されていました。それが欧米なりの進化をたどり、腰ベルトのない背中に背負う道具をOnbuhimoと呼ぶようになったと考えられます。

 

ベビーウェアリングの効用

もともと人類が行ってきたであろう “skin to skin”については、多くの触覚研究がありますが、現代のように衣服を間にした触覚の研究はこれからです。直接肌が接触することがない現代のベビーウェアリングについては、近位ケア文化圏の信条(考え方)を当てはめるのが妥当だと考えられます。赤ちゃんを養育者の近くにおくことを良しとする文化では、赤ちゃんの喜びをより大きくすることよりも、苦痛を和らげる方に意識が向くようです。このような文化圏の養育者は、乳幼児のネガティブなふるまいに対して予期的に動くようになるようです(Little et al., 2019)。また、抱っこされて育つ赤ちゃんは、より多く移動を経験し、泣いている時間は減少することがわかっています(St James-Roberts et al., 2006)。

また、道具使用にかかわらず、抱っこして歩くと赤ちゃんがリラックスすることが知られています。(詳細はこちら)これは「輸送反応」と呼ばれる生理的な反応で、ほ乳類の赤ちゃんにみられます。赤ちゃんが親の子育てに協力し自ら育ててもらおうとする本能的なものと考えられています。

人が人らしく育つには愛着(アタッチメント)形成が必要だと考えられていますが、それを手助けするもののひとつが抱っこやおんぶです。生まれたばかりの赤ちゃんは自ら抱かれたりおぶわれたりすることができないので、大人が移動させてあげることで要求を満たしてあげることができます。その身体のくっつきが心のつながりを促していくと考えられています。赤ちゃんが満足して過ごすことによって、養育者を信じることができ、それが周囲への信頼に繋がります。お母さんやお父さんはいつも自分の味方だと思えることができる、人を信じることができる、その第一歩が身体の結びつきなのです。
快適な姿勢で抱っこやおんぶをすることは、養育者と赤ちゃんの両者の負担を軽減します。赤ちゃんは自ら移動することはできないので必然的に運搬が必要になり、またあやしたり寝かしつけるために抱っこやおんぶは欠かせません。その時間を快適に負担を少なくすることで、親は疲労を軽減し、赤ちゃんの身体の発達にも負担をかけることなく過ごすことができます。

一方で、ベビーウェアリングは赤ちゃんの体を拘束します。身体の発達には自由に自分の意思で身体を動かす経験が不可欠ですが、抱っこやおんぶをしている間は安全の観点からそのようにはできません。また、快適な姿勢で抱っこやおんぶをするためには、多少の練習が必要です。SSC(抱っこひも)はカタチがある故にその設計に親子が合わせていかなければなりません。無調整で快適・安全に使用することはできません。布製抱っこひもはどのような体型でも自由自在に調整できますが、快適な状態や安全を保証する使い方をする必要があります。

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